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CC3.0

日本の城と西洋は城は外見からして大きな違いがあります。
それぞれの城の長短はなんだろうかと海外の掲示板で語り合っていました。

引用元:reddit.com

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●投稿主
ヨーロッパの城と日本の城の戦略上の長所と短所は何だろう?
敵を遠ざけるようにするのではなくキルゾーンを使うようになっている西洋の城と日本の城は外見の設計から違っている。
それぞれの長所と短所は何だろうか?
西洋の軍が日本の城を包囲した場合、どう対処する?
あるいはその逆は?

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どの時代かによるな。
西洋の”城”はキルゾーンがより機能的になっていったルネッサンス後に星型要塞へと変わっていったんだし。

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image credit:pinimg.com

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↑ベルギー、オランダ、フランスにはまだたくさん残ってるぞ!
当時の軍の形態は残ってないけど城はある。
ナールデン、バウルタンゲ、リールでググると出てくるぞ。

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↑イタリアのパルマノバや上で言っているナールデンのようにかつての星型要塞は最終的に普通の町へと変わっていったんだよな。

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ブレーメン(ドイツ)を見ればどこに要塞があるのか、旧市街がどういう設計になっているのかを見る事ができるぞ。

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星型要塞は北海道にもある。
蝦夷共和国の時代(19世紀後半)
※函館の五稜郭

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↑カナダのノバスコシア州はハリファックスにもあるぞ。

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>星型要塞は北海道にもある。
蝦夷共和国について読んだのは最近のことだ。
城を建設してたんだ?

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>蝦夷共和国の時代(19世紀後半)
もっと早いぞ。
1850年だ。

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星型要塞と城は全然違う。
星型要塞は大砲が中世の城を(ついでに軍のシステムも)破壊したルネッサンス戦争の産物だ。

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↑自分の理解してる限りだと火薬兵器が中世の軍事システムを過去のものにしたんじゃなくて火薬兵器と結びついた兵站(logistics)の大きな変化(とそれによる軍システムの刷新)からだったはず。

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↑中世の軍事システムは人々がプレートアーマーを着なくなっていった中世盛期(※11、12、13世紀:wikipedia)には破綻しつつあった。
兵士は雇われで重騎兵だった騎士の割合はほんのわずかだった。

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兵站は火薬兵器の出現前から変わってた。
非軍属の人間による軍隊を作れるようになった火薬兵器は確かにその触媒にはなったけど。
城は梯子に対抗するために高くなっていったけど大砲がそれを破壊したんだ。

一方で星型要塞は背が低く、大砲の弾がまっすぐ当たるんじゃなくて弾むようにスロープになってる。
更にマスケット銃で対応できるなら要塞の規模についてはそんなに問題ではない。

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星型要塞のデザインが戦場でより効果的だとは知らなかった。
フロリダのセント・オーガスティンにもこういうタイプの要塞があるよ。
サンマルコス砦(※wikipedia)だ。

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↑火線を複数地点で連動させるために幾何学的なデザインになってるんだ。

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↑サンマルコス砦は裏手に人造の谷が作ってある。
そこで牛を飼ったり、水を張ったり、戦場の拡大を困難にさせるためだと聞いた事がある。
あとサンマルコス砦は使われてるコキーナ岩のお陰で大砲に強いというのもユニークな部分だね。

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↑星型要塞はそもそも大砲に強いんだ。

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本物の星型要塞が見たければポルトガルのエルヴァスにあるぞ。

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image credit:atlasobscura.com

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城ってのは王なんかが住む場所のことじゃないの?
要塞は軍用目的だから城とは比べられないような。
意味論になってしまうのかもしれないけど。

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↑城は住居でもあり要塞でもある。

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>城ってのは王なんかが住む場所のことじゃないの?
>要塞は軍用目的だから城とは比べられないような。
それはその通りなんだけど支配者がその地域の住民の支配者であると同時に軍事力の支配者でもある時代にはその区別は遥かに曖昧だったんだ。
更に当時はみんな住んでいた場所で仕事をしていたから仕事をする場所と家の区別も曖昧だった。
もし自分が住民であり軍の管理も同じ場所で行われていたとしたらその場所を要塞化したくなると思う。

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ヨーロッパの城は軍が敵を攻撃するために遠征している間、少数の守備隊で守るように出来てる。
多くの場合はわずか数十人で、専属だったのはほんの一握りだったはずだ。
守備隊がたくさんいる大きな城は大規模な群で攻めない限り包囲するのはほとんど不可能だった。
まとめるとヨーロッパの城は敵の進軍を遅らせ、王が自国の軍を終結させる時間を稼ぐための抑止力と障害物だった。
日本の城についてはよく知らないけど西洋の城よりももっとたくさんの守備隊がいたように見える。

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↑加えてもし西洋の城が町の中にあった場合は市民も守備隊に従って城を守らなくては行けなかった。

侵攻軍も同じように自国の町に守備隊を配置してたから敵を弱らせるのもゆっくりだったんだけど、これは自国の町が襲われるのを防ぎつつ最前線への補給を守る必要があったから。
例えばフランスの自分の地元町にはセーヌ川の小島に建ってる城があってこの城は百年戦争時にイギリス軍に包囲された。
城の守備隊700人は4000人のイギリス軍とブルゴーニュ兵に4か月間包囲され、王が援軍を送らないと悟った時に降伏した。
包囲されてる間兵士と市民はネズミを捕って食べていたという。
町は降伏したけど10年後にイギリス軍が何らかの理由で放棄し、町は再び自由を取り戻した。

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↑なんでブルゴーニュはイギリスに加担したんだ?

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↑当時のブルゴーニュは独自の国でフランスとの間に諍いがあったんだ。
百年戦争時にはイングランドとも戦っていたから、その時に自分に利がある方についてたってわけだ。

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日本の城は防御する方が昇ってくる敵を迎え撃てるように西洋の城と比べて多層状になっていることが多い。
あと日本は地震が多いから石組みのヨーロッパの城と違って耐震性能が高い木組みになってる。

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↑多層状の防御システムは西洋の城でも一般的な機能だし世界の他の場所でもそうだぞ。
でも確かに地震は日本の城の設計において重要な要素だな。

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多層状の防御は支配者層から敵を遠ざける方法としては新しいやり方だぞ。

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>多層状の防御システムは西洋の城でも一般的な機能だし世界の他の場所でもそうだぞ
モンサンミッシェルの上から見下ろすとよくわかるな。
城ではないけど要塞として使えるように練られている。
体調が良くない時に上まで登るのは結構大変だ。
戦争で攻め込む時なんか悪夢だろうな。
しかも攻めてる間ずっと上にいる人の砲火にさらされることになる。

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>あと日本は地震が多いから石組みのヨーロッパの城と違って耐震性能が高い木組みになってる。
中世ヨーロッパの城は石組じゃないのがほとんどだぞ。
なんでそう思ってしまうかというと今まで残ってるのが石組みの城ばかりだから。
多くの城は土と堀で補強された木製の城で、これでも侵入者に対してはかなり効果的だった。
当時でも石はかなり高級な建材だったんだ。

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↑移行期間がかなり長かったんだよな。
イギリスとアイルランドの小規模な要塞は10~11世紀のモット・アンド・ベーリー(※イギリスの要塞の形状の1つで堀を掘って出た土で盛り土をして要塞を作る:wikipedia)から始まり、15世紀にはタワーハウス(※塔状の建築物)へと変わり、これが17世紀まで続いた。

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日本の城は火に弱いのが弱点だな。

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↑日本の木造建築は漆や漆喰を使ってるから驚くほど耐火性があるぞ。

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↑それはそうかもしれないけど多くの城が焼け落ちてしまっている。
5000あった城の内で現存しているのは12で、多くの城が火事で燃えてしまっている。

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どちらの戦略も技術も非常によく似てるよ。
ヨーロッパの城はキルゾーンを利用し、日本の城のような多層防御も使ってる。
大きな違いは使ってる素材が理由だね。
日本の城は木組みで出来ているから地震で破壊されることがない。
結果として攻城兵器には若干弱いけど通常城はそういう兵器を持ち込みにくい場所に建てられている。
ヨーロッパの城も同じような地形に建てられている。
包囲攻撃に対する選択肢はどちらも同じだ。
籠城して外部からの応援を待つか攻めて出る。

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日本の城は耐震性を最重要視してるように見える。
西洋のまっすぐ高い城だと日本では生き残れないだろうな。

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↑同じように日本の城も平らな地形が多いヨーロッパでは長く持たないだろうな。
木でできた要塞も大規模な包囲戦にはあまり効果がなかった。

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建築的に日本の壁はヨーロッパの主だった城が対処していないものに対応するようになっている。
それは地震。
これは日本の城の壁が拡張しやすい理由でもあると思う。
ヨーロッパの城のまっすぐな壁と違って地震に強くするために分厚く傾斜してる。
日本の城が拡張できるようになっているのは壁に傾斜が付いている分まっすぐな壁の西洋の城よりもいくぶん乗り越えやすいため、多層状に防衛網を敷けるようにしたというのも理由の1つなんじゃないだろうか。

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最近大阪城に行ったよ!
高所にあるという優位性を活かした仕掛けが幾つかあったね。
あと敵の進行を防ぐための大きな堀と城壁がある点がヨーロッパの城とよく似てるのに驚いた。
欠点は何度か焼け落ちている事かな。

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日本の城は敵が侵攻するには何度も壁を登ったり門を燃やしたりしなくちゃいけないように多層構造になってる。
あと壁も敵の火矢を防ぐために斜めの板が付けられている。

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↑なんでヨーロッパの城は防衛用に多層構造になってないのかと考えたことがある。
同じではないけどローマ軍は包囲戦で勝利したけど同時に包囲されてもいて、それには壁を築いて対処したんだっけ。

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↑アレシアの戦い(※wikipedia)だな。
カエサルがアレシアを攻撃した時に敵の大規模な援軍が来ることに気付いた。
そこでカエサルは第二の壁を築いた。
この壁は最後にカエサルが要塞を出て敵の救援部隊を背後から急襲する時に役に立つことになる。

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外部の脅威に包囲された者を守るために要塞を構築する事をcontravallationと呼ぶ。
あまり使う言葉じゃないんで折角だから使っておこうと思う。





歴史や地形、環境などで城と言っても日本とヨーロッパではかなりの違いがあります。
同時に堀など共通点もあります。





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中世ヨーロッパの城塞